Vol.29
スウェットの聖地
「大正紡績」へ。
デザイナー山下裕文が
パパスのものづくりと
出会った!
昨年秋に発表され、大きな話題を集めたパパスの新体制に関するニュース。その中でファッション好きを唸らせたのが、あの「モヒート」を手がけるデザイナー、山下裕文氏がプロダクトディレクターに就任したことでした。今日はそんな山下氏の工場視察に付き添うとともに、パパスに対する思いを改めて伺ってきました。
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コットン農家のブルースを体感する
以前にもこのWebマガジンでインタビューさせてもらった山下氏が、縁あってパパスでの仕事をスタートしたのは、じつは2025年の6月から。以来自身のブランド「モヒート」での仕事の傍ら足しげくパパスに通い、デザイン業務とともに、パパスのプロダクトを監修しています。
今日はそんなお仕事の一環で、パパスのものづくりにおけるパートナー工場「大正紡績」を視察するため、大阪へと向かった山下氏。この工場についても以前紹介させてもらいましたが、ちょうど視察日は自社で運営するコットン農園の収穫日でもあったということで、ついでにそのお手伝いもしてもらいました!


ファッション業界にその名を轟かせる大正紡績ですが、綿花畑まで所有しているなんて、山下氏もここに来るまで知らなかったそう。実は「5個くらい摘んで終わりなのかな?」と思っていたとのことですが、そうは問屋がおろさない! 軍手をはめて長靴履いて、しっかり〝労働〟してもらいましたよ。



夏に咲くコットンの花が実になり、秋に熟して弾けると綿毛(コットンボール)が顔を見せる。

虫食いの少ないきれいな綿花を見つくろって、カチカチな綿殻からひとつずつ採取していくのはかなりの重労働。それだけ頑張ってビニール袋いっぱいに集めても、そこからつくれるのはたったTシャツ数枚。もちろん日本ではビジネスとして成立しません。広大な土地を利用した大規模農園でしか成り立たない産業なのです。大正紡績がこうした取り組みを続けているのは、ひとえにコットンのプロとしての矜持。
「自分たちが着ている洋服は〝農作物〟からできているんだなあ」と、山下氏はポツリ。改めて身が引き締まるような思いがしたそうです。
パパスのものづくりの最深部を覗く
みんなでお弁当を食べたら、いよいよ工場見学です。大正紡績の社長に就任された枝松正倫さんの案内のもと、「私たちは世界一手間ひまかけて糸をつくっている」と断言するほどの、自慢のものづくりを見せてもらいました。ここでは「モンサンミッシェル・デニム」や「ラフィ」、「石川台デニム」に加え、定番のスウェットなど、パパスにとって欠かせないプロダクトの糸が生まれています。


紡績産業が盛んなエリア、大阪府阪南市にある大正紡績は、長年にわたるパパスのパートナー企業。ファッションプロダクトに関わる人なら誰もが知る、腕利きの工場です。









単純にいうと紡績とは、農家さんが収穫したコットンから、異物や不純物を取り除いて、繊維の方向性を揃えて、撚って伸ばしてを繰り返して、1本の糸にする作業のこと。
大正紡績のコットン糸が世界一と言われるゆえんは、世界中から集めた高品質な原料に加えて、それぞれの作業をじっくり時間をかけて丁寧に行うことで、綿に余計なストレスをかけていないから。そして経験豊富な熟練職人さんが手作業で世界中の綿をブレンドすることによって生まれる、繊細な発色にあります。もちろんパパスがこだわる微妙な中間色は既製の糸では表現できませんから、すべて別注。ピンクひとつとっても、最低3色、多くて6色をブレンドして生まれます。その絶妙な表現は、長年の付き合いによる阿吽の呼吸あってこそなのです。
「ぼくは若いころアメリカのものづくりと向き合ってきましたが、こういう〝1日何メートル〟みたいな世界は、戦前の世界で、現代では全く行われていません。もちろんアメリカンコットンは素晴らしいものですが、ものづくりとしては金太郎飴の美学なんですよね。それに対してカジュアルウエアでこれほどのクオリティを表現できる日本の技術のすごさって、もっと海外に発信されてもいいんじゃないかと思います」と山下氏。
山下氏は昨秋、ここで紡績したコットン糸を使い吊り編み機で編みあげた新作スウェットシャツをデザインしましたが、着るほどにその魅力には驚かされるとのこと。そしてパパスの40年にわたるものづくりの歴史を、改めて実感する山下氏なのでした。



パパスが力を入れている、即完売のヒットアイテム、「石川台デニム」。大正紡績が約70年前の紡績機でつくった糸を使い、ゆっくりじっくり織ることで、素晴らしいコシとしなやかさ、そして豊かな風合いが生まれます。
山下裕文がパパスで表現すること
さて、ここで40周年を迎えるパパスの一員として、ものづくりの最深部にまで足を踏み入れてくれた山下氏に、改めてパパスとの取組みについて伺ってみたいと思います。
――山下さんのパパスにおけるミッションってどんなものですか?
山下 パパスにおけるすべてのプロダクトの監修と、一部のコレクションのデザインです。今季からぼくが手掛けたアイテムが店頭に並びますが、秋からはさらに充実しますよ!
――「モヒート」とパパスは同じヘミングウェイをアイコンにしたブランドですが、そのあたりでやりにくさはありませんか?
山下 パパスはヘミングウェイにピカソも加わっていますから、またちょっと違うんです(笑)。なので問題はありません!

改めてご紹介すると、山下裕文氏は1968年熊本県生まれ。伝説のセレクトショップ「プロペラ」でプレスやバイヤーとして活躍後、アメリカの西海岸を代表するショップの日本初上陸に携わる。独立後は国内外のブランドの業務を手掛け、2010年にアーネスト・ヘミングウェイをアイコンとした自身のブランド「モヒート」を設立。以来男たちのための “道具としての服” を追求し続ける。ファッションのみならず、男のモノにまつわるカルチャー全般に造詣が深い、まさにパパス的なデザイナーです! 以前パパスについて語ってもらったインタビューはこちら!
――山下さんは「モヒート」以外にもセレクトショップのバイヤーやプレス、海外のショップのディレクターや、メゾンブランドのコンサルティングなど、ものすごく豊富な経験をお持ちですが、パパスというブランドはどうですか?
山下 ぼくはいわゆるメーカーで会社員として働いたことがないので、アパレル人としてはできそこないなんですが(笑)、パパスはまさにプロ集団ですよね。今までほとんどひとりでやってきたぼくとしては、最初こそ戸惑いがあったんですが、今まで憧れていたパパス像を形にできるこの仕事は、とても充実しています。
――どのあたりがパパスの強みだと思われますか?
山下 社内にパタンナーさんがいることですね。しかも超凄腕の(笑)。普通のアパレルでは外注することがほとんどなんですが、デザイナーが思い描く理想の洋服を実際のプロダクトに落とし込むうえで、パタンナーさんの存在って本当に大切なんですよ。「ここをもうちょっと短く・・・」みたいなことを随時相談できる環境は、なかなか得難いものです。この環境こそが、パパスが40年続いた理由なんじゃないですか?
――パパス的には当たり前だと思っていましたが(笑)、それは貴重な環境だったんですね!


こちらが山下氏がパパスで初めてつくったスウェットと、スウェット素材のマフラー。大正紡績の糸を使ったパパス自慢の定番スウェット生地を使いながら、今までにないスタイルを生み出してくれました。ちなみに昨年公開したウェブマガジンで中曽根信一さんを起用してくれたのも山下氏です! 丸の内店限定で展開したスウェットはほぼ完売していますが、スウェットマフラーは好評に応えて全国展開がスタート! ぜひお問合せください。
山下 今回の大正紡績さんに代表される素材の調達や、生産管理や縫製のレベルの高さにも驚かされました。逆にぼくがどこまでついていけるかなってくらい(笑)。あとは直営店舗で展開されるので、お客様の顔が見えているんですよね。お客様に喜んでもらうためにはどうすればいいか?ということを、常に考えながら仕事ができる。これはお店を持たない「モヒート」のようなブランドでは難しいですから。
――そんなパパスで山下さんは、これからどんなものづくりをされていくんですか?
山下 今マーケットで売れているものを追いかけるのではなく、これから売れそうなもの、つまりこれからのお客様に喜んでもらえるものを想像して、具現化する役目なのかな、と思っています。今までにないもの、それはときに破天荒だったりするかもしれませんが、ゼロからイチになるようなものをつくりたい。すでにたくさんのプロジェクトを進めていますので、ぜひご期待ください!
――楽しみにしています!